お知らせ2
「週刊俳句」第89号に、《近代俳句の周縁⑤ 二代目のRAISON D’ÊTREあるいは「昭和俳諧の標準」 高濱年尾著『俳諧手引』(創元社 百花文庫 昭和21年〈改訂版昭和48年新樹社〉)》を執筆しています。良かったらお読み下さい。
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「週刊俳句」第89号に、《近代俳句の周縁⑤ 二代目のRAISON D’ÊTREあるいは「昭和俳諧の標準」 高濱年尾著『俳諧手引』(創元社 百花文庫 昭和21年〈改訂版昭和48年新樹社〉)》を執筆しています。良かったらお読み下さい。
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ここのところ長くなる書きたいことがあるのに書けない状況が続いている。
とりあえず小ネタをば
小生「脳天気」という言葉は割合新しいものと思っていた。みなさんは如何?
しかし、いざ調べて見ればその語源とみられる「能天気・能転気」は『広辞苑』にしっかり出ているし、Webでしらべれば平井和正が「脳天気」と言いだしたとか。また、潁原退蔵博士によれば、「洒落本・滑稽本等にはかなり散見する語」で「元来は上方に始つた言葉らしい」。字は「能天気・能転気」をあてていても、語源的解釈は不明とか。
声色で高座を叩くのふてんき 柳水 (柳多留、六十二)
のふてんき手に振上ゲた日和下駄 眞垣(同、七十四)
花のころやみ雲の出るのふ天気 菅子(同、九十四)
やみ雲といふ雲の出るのう天気 (柳多留拾遺、初)
※引用は荏原退蔵『川柳雑俳用語考』(岩波、1953)によった。
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久々の更新。昨日「飯田龍太展」(11月24日まで)を見に甲府の山梨県立文学館へ。文学館は広い敷地内に美術館と併設されている。公園の木々は綺麗に紅葉しているものも。
今回はこの企画展の取材なので、先に図録を購入し、あとから見直すために比較しつつ見学。飯田龍太の生涯の事績がわかりやすく、かなり充実した企画展示である。たまたま国際交流のイベントか何かがあったようで、アジア系の学生とおぼしき人たちが多数見学しており、その案内係の女性の説明(日本語)が響き渡って、これはちょうどいいやと思って聞き耳を立てていたところ、まとまった規模で飯田龍太展が行われるのは、今回が初めてということであった。龍太のご子息もいらっしゃっていて、片言の日本語を理解するらしい学生に親切に説明をされておられた。
飯田家から貸し出していると思われる「個人蔵」の資料も多くあり、直筆の書・原稿、書簡類をはじめ、龍太の撮影した境川の風景写真、渓流釣りを愛した龍太愛用の和竿など、貴重なものが多数展示されている。また、閲覧室でも12月末まで「蛇笏・龍太が育てた雑誌-『雲母』900号のあゆみ-」という資料展示をしており、愛知で創刊された『キララ』の創刊号(復刻)も手にとって読むことができる。さらに常設展には芥川や一葉などの資料があり(例の河童の絵の現物を初めて見た)、もちろんこちらにも蛇笏と龍太の展示がある。なんやかんやあわせてみるとたっぷり半日はかかりそうなところだが、やや早足で見て回る。
ところで、見ていて図録の飯田家の家相図と展示のものがちがっていたことに気づいた。企画展のは明治(たしか32年ごろ)のもので、図録の方は幕末のものであった。何でちがうのかと思ったが、あとで常設展示の方にいくと、その図録の図が展示してあった。企画展のほうは個人蔵とあったので、今回飯田家から借りたものなのだろう。面白いのは、幕末の図は母屋の裏手に赤い枠が引いてあって、なにかを立てる計画中だったとおぼしきところに、明治には書庫が建てられていたこと。そのころは蛇笏もまだ少年で、龍太の祖父が書庫にしたと思われる。そのころの各地方の地主の教養文化の懐の深さはとても興味深い。明治に入って税が米から金にかわったことで、米を換金して税を収めることができない農民があえて小作になり、ために全国でにわかに大地主が多数誕生したというけれども、その地方の大地主の財力をもって学んだ人々が多数、日本の近代文学に足跡を残しているわけで、蛇笏、龍太もその系譜に連なると考えていいのだろう、などと考えた。
その他、未完の選句稿や、『雲母』終刊について地元のテレビ局のインタビューに答えているVTRなど、興味ぶかいもの多数。
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先日土曜日に友人の企画してくれた吟行へ。初めて都立薬用植物園(無料!)へ行き、石田郷子さんと初めてお目にかかった。そして不意にあらわれ去った田島のお子さんにも初めて会った。薬用植物も初めて見るものが多く、初めてだらけの日。で、写真は初めて見た落ちていた実。なんだろう、と思って見上げたら、百合の木の実だった。数日前の強風で落ちてしまったようだ。せっかくなので?カットしてみる。中にはやはり未成熟の種がある。あとで調べてみたところ、これが枯れて熟すと、種一つ一つ羽のような薄い膜がついてめくれて落ちていくらしい。とすると、落ちるイメージはでかいカエデの実というところか。ちょっとみてみたい。
他にもいろいろ興味深い薬草類を見て回った後、石田さんのお店「カフェ椋」にお邪魔して句会。私の尊敬する大学院の先輩Aさんが石田さんと句友だとわかってかなりびっくりした。だいたい先輩が俳人だって知らなかったし。散会後、残った面々と立川駅のミニ中華街でご飯を食べて帰宅。石田さんお世話になりました。みなさんお疲れ様でした。
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今日、現代俳句協会青年部の勉強会があった。テーマは、「< 談林と現代>─あらためて「談林」を考える─」。談林俳諧について、大まかな歴史的流れを中心に松林尚志さんが、西鶴と近現代の作家の談林性を中心に浅沼撲さんがお話になった。共通の論調を一言でいうなら、談林をもっと現代俳句に活かすべき、というところか。詳細はいずれ「現代俳句」に載ることになるだろう。
浅沼さんには夏に「鬼」の連句の研修会でお世話になったばかりだったので、あらためてお礼を申し上げた。そういえばここで連句のコトは話題にしていなかったが、自分の古典教養の不足を痛感し苦労した。いずれ『鬼』特集号が出たときになんか書く。
両氏のお話をうかがって、かえりに電車の中でつらつらと考えたのは、前々から蕉風でも気になっていたことと重なる。貞門にそしられているとはいえたんなるダジャレのような言葉遊びとはまた異なるコードをもつ談林俳諧の作者と読者(あるいは共同創造の場)の、それぞれの言葉の意味生成段階への制御意識と、無意識ってどうなっているのか。作品の成立(あるいは「詩」の発生)が感じられたとき、それぞれの認識の布置をどうをとっていたのか(推敲段階でたまたま「詩的」になったものはさらに茶化したりしてないか、などなど)。また、どのあたりに自分らの俳諧の詩学の要点を認めていたのか。このあたりは、まったく勉強不足なんだが、以前「週刊俳句」で大井奈美さんがお書きになっていた俳句に対するアプローチの方法と関係してこよう。
それと、今回のテーマと直接は関係ないが、松林さんが談林の現代性のところで安井浩司のことについてお話になり、近刊の志賀康さんの第二句集『返照詩韻』(風連舎)に安井が寄せている序文が、安井の俳句入門のようになっている、というようなことを仰っていたのが興味深かった。志賀さんからは先日この句集を贈っていただいていた(ありがとうございます)ので、難しそうだと思って後回しにしていた「序文」を読ませていただこうと思う。
会の終わった後で松林さんにご挨拶したが、お会いするのは初めてだった。が、かなり前に、日本語の定型について考えていたとき、氏の『日本の韻律』は読んでいた。定型論はいろんな人がアプローチしており、大岡信、吉本隆明、川本皓嗣、岡井隆、金子兜太、飯島耕一、菅谷規矩雄(ちなみにそのころ筑紫磐井のやつはまだ出ていない)等々、名だたる作家評論家が書くなりしゃべるなりしている。失礼ながら、上記の面々の中でみると、氏は無名と言えるだろう。読んだ当時は存じ上げなかったが、読んでいて非常に丁寧な仕事ぶりであり、この人はすごい人だ、と勝手に瞠目していたのだった。近著『芭蕉から蕪村へ』(角川学芸)をいただいた。ありがとうございます。
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昨日は獺祭忌。
昨日今日と連続して句会があった。ゆえに獺祭忌の句多数。
率直に言ってベタな句が多くなる。
それにしても、結局の所、句会における俳句の解釈は、
ローカルな解釈の「文法」が幅をきかせるところがあり、
それはある意味、枠である以上は政治的であって、
如何ほど知的修辞を纏おうとも、およそけつまらん事も多い。
しかし、ローカルな文法を一つの島として、
その多島海的な多様さは、
変に画一化されているよりも、文化としては豊かともいえる。
一作家としては、
ローカルな枠に固執することで開かれる道を行くのか、
混ざり合う雑踏の中に道を見出すのか。
そのどちらに立つのかを
選択することは、多分とても大事だろう。
私見では前者が圧倒的に多い気がする。
おそらくはそれゆえに、
俳句はいまだに近代「文学」的な顔をみせたりするのだろう。
あえてその後者を選ぶ人は少しいるけれど、
それら状況の行き着く先を如何ほど見据えていけるかがしんどいし、
作家としての勝負所なんだろう。
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ここのところ多忙で俳句の記事をサボっていたのだが、御礼かたがた短い記事。
先日、池田澄子さんより『あさがや草紙』、宇多喜代子さんより『女性俳句の光と影』をご恵贈いただきました。ありがとうございます。
ご両人ともに言うまでもなく御高名、かつ私の母親の年代であり、「さん」付けでおよびするような方ではないのだが、どうも西の生まれのせいか勝手ながら「~サン」と呼ぶほうが、敬意と親しみの両方兼ねた気分があるので、ここではそう呼ばせていただきます。はい。
さて、まだ途中までしか読んでないものの、両書ともに共通しているのは、生き死にの重みを深く湛えていることだろう。時々なんだか自然と背筋が伸びるような感じがするのも共通する。書かれたスタイルや出版社の売り文句などはさておいて、私的判断としては、ちょっと気軽にエッセイ読もうとか、ただ俳句の知識を増やそうとかいうような類の本ではない。ま、そう読めるかもしれんので、浅く叩けば浅く響き、深く叩けば深く響く、的な本かも。
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前に記事にしたアントクアリウム。アリを入れては見たものの、初代は表面をかじっただけで半月が経ち、あきらめて放した。二代目も全く穴掘りをせず、いつの間にやら全滅してしまい、夏が終わった。まるで咲かない朝顔の観察日記のようだ。今月に入り、今度駄目なら道具の所為にしてあきらめようと思いつつ、三代目にちょっと大きめのヤツを放り込んだら、あっというまに穴だらけに。種類が違うからなのか、アリにも穴を掘る係りと掘らない係りがいるのか?謎だ。
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