ここのところどうもIEの調子が悪く、時々フリーズしてくれる。
今も記事アップしようとしていたらフリーズして書き足した記事が消えた(泣)。
タブブラウズにかかわる関連づけのどれかが原因だとは思うのだがそれ以上不明で気持ちが悪い。
さて、さる4日土曜日、神奈川近代文学館で催されたシンポジウム「虚子の客観写生」
講師:稲畑廣太郎、今井肖子、岸本尚毅、筑紫磐井 コーディネーター:稲岡長
に行ってきた。これは、企画展「虚子没後50年記念 子規から虚子へ―近代俳句の夜明け―」にあわせて催される3回シリーズのシンポの2回目である。池田澄子さんなども来ておられた。
会場の「前衛」はホトトギスの関係とおぼしきおばさまおじさまで埋まっている。私は「後衛」に陣取って周りを観察。司会の稲岡さんが「みなさんこんにちは~」と口を切ると、前の方で「こんにちは~」とおばさま方が元気よくお返事される。おもわず「いいともかよ」と心の中でツッコミをいれたが、前説なしにこの空気ができているのは驚き。以下部分的に内容を所感を。
はじめに10分ずつ発表ということであったが、稲畑さんは倍くらい話された。語りは関西弁でわかりやすく、昔聞いた落語家さんに似ていたがそれが誰だったかは思い出せない。ともあれ、さすがに話慣れた方である。色々話されたが、例えば子規の「ある僧の月を待たずに帰りけり」の主観性に触れ、客観的な描写とその背景の主観の鑑賞を説いておられた。お話しの内容をざっくり言えば、客観写生にも主観はあるんだということ。わかりやすいが子規と虚子の全集を読んでいる人には既知のレベル。ただ、虚子のことは正確だったが、子規のことは虚子の言った子規のことであって、その「写生」認識はちょっと違うなあ、と思うことも。
今井さんはまず、虚子の写生を「スケッチというよりデッサンに近い」と述べられた。他にも坂本繁二郎の絵のことと彼の「物感」の話や、鈴木花蓑「大いなる春日の翼垂れてあり」について触れられた。それより、話のツマくらいだったが、同じものを食べても同じ味覚なのか???とか思うと仰っておられたのが、面白かった。虚子の「客観写生」「花鳥諷詠」は、要は創造共同体を想像するための「共通言語」としての網掛けであって中身を云々することよりスローガンとしての永続性をもつ働きの方がよほど重要だとみている私には、そこを敷衍してお話しいただきたいところだった。
岸本さんはそれまでの論点と自分の論点をすぱっと整理され、例句をあげてぱぱっとお話しされた(さすが頭いい~)。
・絵画との関係 →ここまで例に出た句をみると絵にはなりにくい。
・主観と客観の関係 →程度問題だろう
・写生か写生でないか (略)
・虚子について →「進むべき俳句の道」の時代の作家(石鼎や普羅ら)の写生がドラマのように面白かったのか時代があって、なぜそれが面白かったのか考えてみたい。
・「存問」について → 自己完結ではない、あとは人に任せる、という点で根っこの方で「写生」に通じる
・花鳥諷詠と客観写生について →爽波「箒木のつぶさに枝の岐れをり」と「箒木の箒木をおし傾けて?」前者は季題としての説明ができている花鳥諷詠句の例で、後者は「客観写生」の例としてあげられる。
ってなところ。
磐井さんは、ここで場違いの自分がいる理由の一つとして、虚子と自分の共通の敵として「悪しき近代主義」をあげていた。そこにいない某氏への論難含めもろもろあげていたがここでは省略する。他に歌の「写生」との史的状況の違いも述べていた。
次に司会の稲岡さん(この方「ホトトギス」の重鎮っぽいのだが)が、「客観写生」はあるのか、ないのか。という問いかけをされる。これはつまり、なんだかんだ言うても、つねに主観はあるものやんか、って見地からの質問かと思う。みなさんそれぞれにお答えになったが、発言順に
今井さんは、写生句というのはよくわからないが、客観性を意識することはあると仰った。
岸本さんは 虚子、素十、素逝らの例句をいろいろあげて客観写生表現を説明し、100%は無理だがまだまだ行けるという風なことを仰った。主観は消せないが読む人によってぶれないことばを使う、とも。思うに、この「ぶれない」ということへの信頼と態度の問題が個々の差異のモトになるのだろう。これは信じる/信じないとやる/やらないのマトリックスで四つの態度があり得る。
稲畑さんは虚子は料理人と同じに塩加減がよくわかっていた云々、と仰った。これに限って言えばコントロールする側の人間は勘所おさえていたというだけの話で、その他は関係ないような気も。この料理の話で思い出したのは、たしか山本益弘氏が何かで書いていたのだが、同じフレンチの一流店で修行していても、フランス人のシェフには料理にエスプリがあるが、腕が良くても日本人シェフにはそのエスプリを出せる人が少ないのだとか。ポイントはむしろそういうところなんじゃないだろうか、とか思ったのだが。
磐井さんは、それを題詠の一環と見て、万葉以来の題詠詩を軸に理解すべきでは、というようなことを仰った。
再び司会の稲岡さんが、虚子は主観写生という言葉を使ったことがあるのか、とか言い出したり、「ホトトギス以外の人いますか~」と質問会場にふったり、司会者がやや走りすぎ?で、なんだかだんだんぐだぐだな感じに。結局問の立て方からして、「ホトトギス」の人たちも、決して虚子を妄信しているわけではないことがよくわかった。これはきてみて確認できて良かったと思う。しかし、では今の「ホトトギス」のもつエスプリって何なんだろう?
「豈」仲間の大井恒行さんや中山美樹さん達が磐井さん待ってお茶でも、と仰るので待っていると、結果的にパネリストの方々ともご挨拶したり少しお話ししたりすることができた。これは僥倖。
さて、再び話しはかわるが、週刊俳句に「前衛俳句は死んだのか」についての記事がのっていた。ありがたいことである。以下ざっと感想をメモ。
田島の言っていることは大事なことだが、話の土台部分も論じようとしている核も言葉が足りないから、読み手と立ち位置が違いすぎて誤解を招くんじゃなかろうか。
神野紗希さんの整理は、納得できるところもあるが、やや机上論の感なきにしもあらず。
「前衛俳句」を歴史的用語として整備すること
は一学究としてはそれを支持参加することにまったくやぶさかではないのだけれど、既にある各種の辞典を包括しつつ、改めてこれを実行するのはなかなか至難である。至難というのは文字通りこのカッコ付けという網掛けの実践から既にはじまる。客観妥当性のあることを追究し、調査研究で得た範囲での事実のみを論じ、恣意的見解を交えない、という態度がどこまで確保しうるのか???なのである。かつ、ある時ゾンビのように、言葉としての「前衛」が世間に復活すれば、いずれ俳句もその流れにのっかるわけで、前提は古ぼけたものになる。あんまりなさそうだけど理論的にはそんなこと決してない、といえない。ま、なにはともあれ用語の整備が不充分なのは前にも書いたことがあって、たしかに問題なのだ。
私も実作と研究を並行して行っている一人であるが、研究者の良心として、客観妥当性のあることを追究し、調査研究で得た範囲での事実のみを論じ、なるべく主観的見解を交えない(ま、「子不語怪力乱神」みたいな)というレベルと、今ある認識、常識やら、自分が信ずる文学のありように対して、思うことを自由に語るということはいつも都合良く両立してくれるとはかぎらない(これは言うまでもないことか)。やや話の筋は違うが、大学の師匠の師匠である三好行雄もたしか石田波郷の句を引いて作品論としての俳句論の成立の困難さを語っていたはず。
更に言うなら、仮にいま/ここにおいて普遍妥当性をもってそのように整備することは可能として、その知の構図の合理主義性そのものがどのような知的要請に基づいて出てきているものなのかということを議論の射程に収めてあることは何かしら言葉にしておくべきだろう(たとえば、「メリット」は誰のためにあるのかの妥当性についてとか)。田島はそこを自分だけわかってる書き方っぽいから、いまいち伝わってこないのかも・・・。
牽強付会に過ぎないかも知れないが、俳人における「前衛俳句」を、儒家における「鬼神論」におきかえると、事態は似てくる気がする(あるいは先のシンポジウムの「客観写生」の有無にしても同じことだろう)。それはすでにあることになっているがあるんだかないんだかわからない「鬼神」をどのように自分たちの理論体系の中に位置づけていくのか
先行する言説の再解釈の言説のあり方、すなわち先行する言説に自己の正当化の答えを求めるようにしてかかわる後継の言説というあり方(子安宣邦『鬼神論』)
における和漢の儒家の「鬼神論」の解釈論的な知の構図のありよう、例えば諺では「鬼神」やら「怪力乱神」を語らないはずの儒家達の、有鬼・無鬼(有季・無季みたいでしょ)についてとってもべらべら論じているその態度のラディカルさ加減といったらこれぞ風狂って感じでたまらないのである。
ちょっと飛ぶけど、実は俳句のもろもろ内容の宙に浮いた専門用語が飛び交う世界の、合理的世界観の網には単純明快に解釈裁断され得ないということにしておくことの知的重要さは如何ほどわかられているだろうか。己の欲求に従っていうなら、今回のシンポを含めて、カッコ付きの「前衛俳句」について、それが何であったのかを定義していくことの困難よりも、そのような「前衛俳句」(あるいは「客観写生」)をめぐる言説の構造について論じる方がよほど面白いだろうとは思う。先行する言説にいかに「自己の正当化の答え」を折り込むかには、儒家ではない我々にはさらに幾つかの態度があり得るのであり、この態度の選択の問題が重くみえにくい。
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